東京高等裁判所 昭和60年(う)1491号 判決 1986年1月20日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は被告人本人名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴趣意第一点(理由不備の主張)について
所論は、原判決には、理由として、起訴状記載の公訴事実が反復記述されているにすぎず、証拠の標目と合わせても、何故有罪と認定されたのかわからず、また、原裁判所裁判官は判決宣告の際、(イ)速度記録カードは物理的に記録されたものであり、実況見分調書には被告人のバイクの写真もあるから、十分証拠価値(証明力)が認められる、(ロ)被告人は、第一回公判と第二回公判とで被告人のバイクのスピードについて異なった供述をしているから、被告人の供述は信憑性に欠ける、と告知したが、理由として不十分である、というのである。
そこで検討すると、刑訴法三三五条一項によれば、有罪判決の理由としては、罪となるべき事実、これを認定した証拠の標目及び法令の適用を示すだけで足り、それ以上に、証拠を取捨した理由を明示する必要はない(最高裁昭和三四年一一月二四日第三小法廷決定・刑集一三巻一二号三〇八九頁)のであり、同条の要件を充足している場合は、同法四四条にいう裁判の理由を付したことになるのである。しかるところ、原判決の記載は、同法三三五条の要件を充足していることが明らかであるから、理由不備とはいえない。論旨は理由がない。
二 同第二点(事実誤認の主張)について
所論は、本件の直接証拠は、すべて、争いの当事者である取締り警察官の作成した書面(速度測定カード、実況見分調書)であり、このような証拠については、信憑性が十分に吟味されなければならないところ、レーダーによる速度取締りの方法は、レーダー測定の現場で違反車両を停止させることが重要であるのに、警察官は、その不手際から、被告人をレーダー測定の現場で停止させず、四キロメートル余り離れた先で停止させ、被告人をして反証をあげることを不可能ならしめたもので違法であり、その結果、原判決は証拠の評価を誤り、速度超過の事実を誤認したものである、というのである。
そこで検討すると、被告人の原審公判廷における各供述及び検察官に対する供述調書の記載によれば、被告人の車両が停止したのは、レーダー測定の現場から約四キロメートル西方であることは窺われるけれども、そのことが違法であるとはいえず、また、そのことによって、レーダーによる被告人車両の速度測定の結果に対する反証の難易が決定的に異なったり、速度測定の結果の信用性が左右されるとは認められず、したがって、原判決の証拠評価に誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。
三 同第三点(訴訟手続の法令違反の主張)について
所論は、本件は必要的弁護事件ではなく、しかも被告人が国選弁護人の選任を固辞していたにもかかわらず、原裁判所が被告人のために国選弁護人を選任したのは違法・不当であり、また、そのような経緯で選任された国選弁護人の費用について、原判決がこれを被告人に負担させたことは違法・不当である、というのである。
そこで検討すると、刑訴法三七条五号によれば、被告人に弁護人がない場合に、裁判所は、必要と認めるときは、職権で弁護人を付することができるのであり、裁判所が必要と認めた以上、被告人の固辞にもかかわらず弁護人を付したことが違法・不当であるとはいえない。論旨は理由がない。なお、国選弁護人の費用を被告人に負担させた点の不服については、刑訴法一八五条後段の解釈上、本案の裁判に対する上訴が理由のないときは、訴訟費用の裁判に対する不服を容れる余地はない(最高裁昭和三一年一二月一三日第一小法廷判決・刑集一〇巻一二号一六三三頁)のであるから、本案についての論旨がいずれも理由がない本件においては、所論を容れる余地はない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 阿部文洋)